文芸翻訳を「英文和訳」で処理していませんか?_文芸翻訳のコツ #3  

 

翻訳者の名前はどこに出るのか?

 翻訳には大別して3種類があります。文芸翻訳技術翻訳、それと映像翻訳です。僕は残念ながら、文芸翻訳しか知りません。技術翻訳は内容が広く、人間が暮らしていく上で必要なさまざまな“技術”のことを扱います。ビジネスから建築、医学まで、広範な知識が必要になります。

 一方、映像翻訳のほうは、よく、外国映画に日本語訳が載っているでしょう。僕なども 英語はともかく、さまざまな言語で翻訳された映画を見てずいぶんと楽しいものでした。ただし、映像翻訳は語数の制限を受けています。そりゃあ画面のサイズが一定なのですから、必要以上の翻訳説明は無理となり、訳者は本文をそのまま訳すのではなく、その意味するところを日本語に言い換えなければなりません。

 つまりどの翻訳にもさまざまな苦労があることはご理解いただけると思います。しかしこう考えるとどうでしょうか? 翻訳者の名前はどこに出るのか? 映像翻訳の場合は、俳優たちと同じように、最後に出演者、製作者の一覧のなかに翻訳者として名前が出ます。

 技術翻訳の場合は、普通は、翻訳者の名前は表示されません。現在はどうか知りませんが、僕が若かった頃はそうだったはずで、なんだい、難しいジャンルなのに訳者の名前を載せないとはどういうわけだ、と息巻いたものでした。

文芸翻訳を「英文和訳」で処理していませんか?

 さて、文芸翻訳の場合はどうか? いずれの書物でも、表題の下に原作者と翻訳者の名前が並んで表示されます。これはやはり、重大な問題でしょう。つまり、原作が良くて翻訳が拙い場合には、翻訳家に批判が集中するのです。そういう状態が明らかであるにも拘らず、文芸翻訳家の多くが、いわゆる「英文和訳」でお茶を濁しているのはどういうわけでしょうか。

 英文和訳とは、高校などの学校の授業でよくやる例のことです。“I love you”は、誰が訳しても「貴方を愛している」になる。可笑しいとは思いませんか? もちろん、「貴方を愛している」でもいいわけですが、文章をきちんと読めば、「貴方を殺してしまいたい」や「俺は死にたい」と叫ぶほうがずっと真理に近い場合があるでしょう。

 つまり、文芸翻訳を「英文和訳」で処理することは絶対に不可能なことなのです。

なるほどと思う方もいらっしゃるかもしれない。でも、こちらが「悪文」を指摘すると、必ずその部分の英文と照らし合わせる人がいます。これでは埒が明きませんね。

 文芸翻訳は、その翻訳家の主要言語で考えなければ、いつまで経っても「英文和訳」に過ぎず、それでは日本語としてまったく意味がないのです。おわかりいただけましたか?