オリジナルの小説を書くように訳せ_文芸翻訳のコツ#2 

僕は常々、オリジナルの小説を書くように訳せ、とみんなに言ってきました。

例えば、“He laughed.”

という一文を訳すとき、ほとんどの人が手拍子で、「彼は笑った」と訳すでしょう。

手拍子とはつまり、手をポンと打って、後は何も考えずに訳すことです。

 オリジナルを書く人ならおわかりだと思いますが、登場人物にこの場面で笑わせるべきか泣かせるべきかで迷うことがしょっちゅうあるものです。笑うにしろ泣くにしろ、大笑いなのか、馬鹿笑いなのか、あるいは苦笑いなのか泣き笑いなのか。涙が出るほどに笑うことだってあるでしょう。

 要するに、翻訳者はここで、この笑いの“質”についてきちんと考えてみるべきなのです。

そしてなるほど、この場面は「笑った」でいい、となればそう表現すればいい。問題はしかし、どう考えてもそうは思えないときです。「微苦笑」こそがふさわしい、そう思ったとき、貴方はどうするのか?

 僕は、迷わずに、自分の感性が命ずるままに表現するべきだと考えます。それこそが、原作者との精神の格闘の結果であり、自分の表現の一字一句に責任を持つということであり、オリジナルの小説を書くように訳せ、という意味なのです。

 そんなことは夢にも考えず、“laugh”を辞書で引いて、笑うとあるからその通りに訳した、文句があるのか、と言い募る人たちが沢山います。自分は違うって? いえ、僕はあなたのことを言っているのですよ。

 それほどに、日本には“英語中毒者”が大きな顔をしてはびこっているのです。

 文芸翻訳はここから始めなければならない。だからこそ、このような面倒くさいやり取りがあるからこそ、翻訳にはさまざまな分野があるものの、文芸翻訳こそがその中心でなければならないのです。