信頼できる情報源を持っていますか?_文芸翻訳のコツ#13
文芸翻訳家には独自の“アンテナ”が不可欠だ
「自分は文学しか興味がない」とふんぞり返っているような方は、文芸翻訳家にはなれませんね。文学である以上、人間のすべての営みに関係するわけですから、訳出する内容は多岐にわたります。経済、政治、医学、軍事、その他諸々。
しかし、いくらアンテナを張っているといっても、これら全てを網羅できるわけではないから、当然、訳者はそれぞれの分野の専門家に頼らなければなりません。つまり、われわれは日頃から、そういうネットワークを作っておく努力をするべきなのです。プロになってから始めようと思うようでは、そもそも文芸翻訳家を志すべきではなかった、と言われても仕方がありません。
何しろ、そういうネットワークを持っているかどうかで、編集者の貴方を見る目が違ってくるのです。それはつまり、貴方の信頼度が増すことを意味しています。例えば、僕が『トップガン』を翻訳したときには、どうしてもわからない箇所は自衛隊のF-14パイロットにチェックをお願いしたものです。これははっきり申し上げて、本文の翻訳よりも重要だという方もいらっしゃるくらいで、翻訳者の中にはそういう面をスルーしている方も多いようなので、要注意です。
では、どうやってその“アンテナ”を広げたらいいか
例えば、言語の問題があります。作品によっては、チェコ語、チベット語などが出てくる場合があります。僕の例で言えば、ロバート・ラドラムの作品に多かったですね。何しろベストセラー作家なので、たとえ雰囲気作りに必要なんだとわかっていても、こちらとしては手を抜くわけにはいかず、その度に大汗をかいたものです。だってそうでしょう、スペリングだってインチキ臭いのがごろごろ出てくるんですから。
それでも無視するわけにはいきません。友人・知人にも適当な人がおらず、そういう時にはどうしたらいいか? 僕が利用したのは大使館、大学の留学生支援センター、あるいは新聞社でした。そこへ片端から電話をかけて聞いて回るのです。今では、インターネットでほとんどのことが調べられると聞いていますから、ずいぶん楽になったのではないでしょうか。
それでも、ウィキペディアは今一つ信頼性に欠けるようだし、僕はやはり人間的な繋がりを重視したいと思っています。僕にとって最高の辞書は、何と言っても、“walking dictionary” なのですから。